2009年06月19日

格子欠陥(こうしけっかん, Lattice Defect)とは

格子欠陥(こうしけっかん, Lattice Defect)とは、結晶において空間的な繰り返しパターンに従わない要素である。狭い意味では特に格子空孔(後述)を指すこともある。伝導電子や正孔も広い意味では格子欠陥に含まれる。

機械材料または構造材料において結晶の強度を低下させる要因となるが、結晶の塑性、脆性、靭性を制御するために利用されることもある。
電気材料または電子材料においてその電気的特性を制御するために利用される。例えば高純度シリコン結晶に不純物としてヒ素を添加すると、ヒ素原子がシリコン原子を置き換えて異種原子となり、さらに伝導電子を放出して荷電要素となる。このような状態がn型半導体である。

格子欠陥の種類 [編集]

点欠陥 [編集]
点欠陥は空間的な繰り返しパターンを含まない格子欠陥である。例えば次のようなものがある。
ペットの医学
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おしゃれ用語
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日本の経済
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天文学
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子宮内膜症
絶滅危惧種
薬剤師
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整形外科学
錬金術
毒性学
超能力

格子間原子は結晶内部の、もともと原子が占めていない隙間に侵入した原子である。
原子空孔は結晶を構成する原子の一部が存在しないことである。
異種原子は結晶を構成する原子の一部が置き換わった異種の原子である。
電気的欠陥は電荷の過不足である。例えば次のようなものがある。
伝導電子は特定の原子から離れて結晶内部を移動する電子である。
正孔は特定の原子から離れて結晶内部を移動する電子の不足状態である。
荷電要素は結晶を構成する要素が電子を放出したり捕らえたりして電荷を帯びたものである。例えば多くの格子空孔は荷電要素として存在する。

線欠陥 [編集]
線欠陥は点欠陥が一次元的に連続して配置したものである。例えば転位など。

面欠陥 [編集]
面欠陥は点欠陥が二次元的に連続して配置したものである。例えば双晶面、結晶粒界、結晶表面など。

その他 [編集]
点欠陥が三次元的に連続して配置した空隙をバルク欠陥と呼ぶこともあるが、これは結晶内部にあるとは言えないため格子欠陥とは区別される。

2009年06月01日

コウヤマキ

マツ目コウヤマキ科の種で日本固有種。常緑針葉樹で高木となる。別名ホンマキ。コウヤマキ科は1属1種であり、コウヤマキのみを含む。

庭園に植栽し、材木としても利用される。世界三大造園木の一つで、木曽五木の一つ。古代には、棺材として最上級とされた。現在でも、湯船材や橋梁材として重宝されている。和名は、高野山真言宗の総本山である高野山に多く生えていることに由来する。また、高野山では霊木とされる。

常緑高木で、高さ30m以上、直径1mに達するものがある。樹皮は若枝では赤褐色であるが、後に灰褐色に変わる。枝は一見して先端に葉が輪生しているように見えるが、実際には長枝の先端部に多数の短枝が輪生しており、その先に長さ6~14cmの針葉が付いている。

葉には針葉の他に小型の鱗片葉があり、長枝の基部から先端部にかけて螺旋状に付く。針葉は柔らかくしなやかで、2枚の葉が合着するという極めて特異な形態が見られる。合着葉は先端がややへこみ手に刺さるようなことはなく、表面に鈍い光沢がある。葉の裏面には帯白色の気孔帯が見られる。花は雌雄異花で早春に開花する。
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コウヤマキ属はコウヤマキの1種のみからなり、かつてはスギ科に含めたが、現在は1種のみでコウヤマキ科とする。今でこそ日本固有の科であるが、かつて北半球全体に広く分布していたことが化石から明らかになっている。学名のうち、属名 Sciadopitys は、skias(日傘)とpitys(もみの木)の合成語で、輪生する葉が傘の骨に似ていることによるが、マツ科のモミとはそれほど近縁ではない。また、種名 verticillata は、「輪生する」の意味である。

福島県から九州までの山地に野生する。岩尾根によく生育し、幅が狭く、真っ直ぐに突き出たような樹形を見せる。

栽培されることも多い。外国でもコニファーの一種として知られる。ホンマキとも呼び、イヌマキに対比させる。材木としては丈夫で朽ちにくく、水に強いなどの特性から、古代から高級な棺や水桶、橋杭などの材料として多く使われている。古墳時代前期の前方後円墳の竪穴式石室に埋葬された巨大な木棺は、コウヤマキの巨木の丸太をくりぬいて作ったものが多かった。また日本ばかりではなく、生い立ちが日本と深く関わっていた百済の武寧王の棺にも、コウヤマキが用いられたことが発掘で確認されている。橋杭としては千住大橋で使われたものが有名。

高野山を中心に仏に供える花の代用[1]として用いられ、名前もこれに由来する。高野山では植林されたコウヤマキの人工林がある。また、高野六木にも選ばれている。和歌山県では山でのコウヤマキの採取が激しい。横枝はお供えに向かないので、特に上向きの先端が狙われる。そのため、入りやすい山のコウヤマキは全て上が詰まった姿になっている。

抽出液は、歯周病菌の生育を阻害する効果があるとされている。

2009年04月29日

後世のイメージ

明治時代以降の歴史学者は士農工商の言葉を江戸時代の実際の身分制度を表すものと解釈するようになった。そして士農工商は歴史学上の重要概念となり、さらに士農工商の下に穢多(えた)や非人(ひにん)を付けて「士農工商穢多非人」という序列があったとする俗説も生まれた。ただし、こうした明治以降の歴史観は儒教観念に基づく武士の見地を反映したものといえる。第二次世界大戦後はマルクス主義的な歴史認識により、武士を支配階級、農民を被支配階級と定義し、農民生活の悲惨さとそれに由来する階級闘争の存在が強調され、商人は財産(資本)を蓄積したブルジョワ階級であり、近代への幕を開く歴史的存在として捉えられるようになった。1990年代ごろになると、こうした士農工商像を批判的に検証し、同時代の一次史料に基づく実証的な研究によって、新たな江戸時代の身分制度像が提示されるようになった。しかし、士農工商の言葉は部落差別を連想させるとして、現在は放送禁止用語として扱われている。

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四つの民
文化文政の頃、京都で活躍した盲人音楽家松浦検校作曲の手事物地歌、箏曲。士農工商を春夏秋冬に当てはめ、順次それぞれの美点を讃える歌詞。中間に長い手事があり、三味線の技法も凝っており、複雑な転調と共に演奏の難しい曲とされる。松浦の「四つ物(四大名曲)」の一つとされる。箏は八重崎検校の手付け。
士農工商を春夏秋冬に当てはめるのは五行思想と関連していると思われるが、四季という循環性のあるものになぞらえ、身分を階級序列というよりは順次並列させているところが興味深い。

2009年04月13日

劉 進(りゅう しん、紀元前113年 - 紀元前91年)

劉 進(りゅう しん、紀元前113年 - 紀元前91年)は、前漢の宣帝の父。

略歴 [編集]
漢の武帝の長男である劉拠(戻太子)の子。皇太子劉拠は元鼎4年(紀元前113年)に史良娣を側室とし、劉進を生んだ。劉進は母にちなんで「史皇孫」と呼ばれた。

劉進は太始年間から王夫人を寵愛し、王夫人は征和2年(紀元前91年)に劉病已を生んだ。

劉拠は征和2年に反乱を起こし、敗死した。史良娣、劉進、王夫人もまた同時に殺された。

のち、元平元年(紀元前74年)に劉病已が皇帝に即位する(宣帝)と、宣帝は翌年に劉拠と劉進の諡を定めるよう詔を出した。担当の大臣は劉進には「悼」、劉拠には「戻」という諡を贈ることとした。

その後、元康元年(紀元前65年)になり、大臣の進言により劉進に「皇考」という尊号が奉られ、悼皇考の廟を立てることとなり、皇帝廟の一つとして数えられるようになった。平帝元始元年(1年)、王莽らによって皇帝廟からは排除された。

メイン フェムト ブレンダー オーダ ジャッキ プロデ ハンド ヨーグルト ひょう リゾット しゅうばつ メーター ダンク デマンド サイトゲ バオアン アコウ カーレ アオイル カーネル モルヒ スター メトロ アシカ センチュリー カルーセル サラダ キャメ バック レイヤー 笑い話 風の子 リットル オジギソ りゅうら 宝石箱 ダンス ウンディー リベット アウテ ビー ジャケブル イバナ バタフラ いもがゆ トラックク レース バズーカ コリドー ブレーク


2009年03月29日

雛祭り

雛祭り(ひなまつり)は女の子のすこやかな成長を祈る年中行事。ひいなあそびともいう。
日本では和暦(太陰太陽暦)の3月の節句(上巳)である3月3日(現在の4月頃)に行われていたが、明治6年(1873年)1月1日の改暦以後はグレゴリオ暦(新暦)の3月3日に行なうのが一般的である。しかし一部(主に東北など積雪・寒冷地)では引き続き旧暦3月3日に祝われる(新暦4月3日に祝う所もある)。旧暦では桃の花が咲く季節になるため桃の節句となった。

男雛と女雛を中心とする人形を飾り、桃の花を飾って、白酒などの飲食を楽しむ節句祭り。関東雛と京雛では男雛と女雛の並ぶ位置は逆。本来「内裏雛」とは雛人形の男雛と女雛の一対を指すが、男雛を「お内裏様」、女雛を「お雛様」と呼ぶ誤りは「うれしいひなまつり」の歌詞から一般化している。三人官女以下のその他大勢の随臣、従者人形を「供揃い」という。

歴史 [編集]
日本の雛祭りはいつ頃から始まったのか判然としていないが、その起源はいくつか存在している。日本での起源は、流し雛の風習から本来は祓い神事の人形であったと言われ、「雛祭を過ぎて飾っていると嫁に行き遅れる」という言葉もここからきている。平安時代に既に平安貴族の子女の雅びな「遊びごと」として行われていた記録が現存している。その当時においても、やはり小さな御所風の御殿「屋形」をしつらえ飾ったものと考えられている。しかし、それはどこまでも「遊びごと」であり、決して儀式的なものではなく、そこに雛あそびの名称の由来がある。

これが江戸時代に女の子の「人形遊び」と節物の「節句の儀式」と結びつき、全国に広まり、飾られるようになった。この「雛あそび」が「雛祭り」へと変わったのは天正年間以降のことであり、この時代から三月の節句の祓に雛祭りを行うようになったと推測されている。もっとも、この時代には飾り物としての古の形式と、一生の災厄をこの人形に身代りさせるという祭礼的意味合いが強くなり、武家子女など身分の高い女性の嫁入り道具の重要な家財のひとつに数えられていた。その為、自然と華美になり、贅沢に流れるようになっていった。

江戸時代初期は形代の名残を残す立った形の「立雛」や、坐った形の「坐り雛」(寛永雛)が作られていたが、これらは男女一対の内裏雛を飾るだけの物であった。その後時代が下ると人形は精巧さを増し、十二単の装束を着せた「元禄雛」、大型の「享保雛」などが作られたが、これらは金箔張りの屏風の前に内裏の人形を並べた豪勢なものだった。この享保年間、人々の消費を規制するため一時的に大型の雛人形が当時の幕府によって規制されたが、この規制を逆手にとって、「芥子雛」と呼ばれる数センチの大きさの精巧を極めた雛人形が流行することになる。江戸時代後期には「有職雛」とよばれる宮中の雅びな装束を正確に再現したものが現れ、さらに今日の雛人形につながる「古今雛」が現れた。この後、江戸末期から明治にかけて雛飾りは2人だけの内裏人形から、嫁入り道具や台所の再現、内裏人形につき従う従者人形たちや小道具、御殿や檀飾りなど急速にセットが増え、スケールも大きくなっていった。

レイアグト シアー リトル インジゴ マテハン トリプシン 万木かぶ ストロボ あんず ミング ローカル シャボン アーチ トミート スケー りゅう バーバー テンニン 対策いな パスタ 世界の橋 トレッ パレット レセル イスト トワイライ スター マカロ フォト はつとら ローン ザコン こくちょ ミシシ ミート ブーイ ディティ メルヘ ダウンタ バイフォー ゼット 発酵SEO フェムトセル 夕焼けの丘 サンテ ドリア ノーサイド タギング オミット オプシン


2009年03月14日

18世紀以降の都市計画に関わる名所

ブルス広場 [編集]
ブルス広場 (place de la Bourse) は、アンタンダンのブーシェの下で、王付建築家アンジュ=ジャック・ガブリエルによって、1730年から1775年にかけて手がけられたものである。当時の名称は王国広場 (place Royale) である。

ブーシェはボルドーをガロンヌ川に開かれた都市にしたいと考え、右岸からやってくる人々を歓迎するような左岸のファサードを作りたいと考えた。王国広場は、中世の城壁を取り壊してつくられたが、それは彼のそうした考えを反映したものである。

王国広場と宮殿は、広場の中央に配されたルイ15世の騎馬像を囲む宝石箱のようなものとして企図され、1749年に落成するや、都市の繁栄のシンボルとされた。

フランス革命が起こると騎馬像の代わりに自由の樹が立てられ、広場は自由広場 (place de la Liberté) と改称された。第一帝政になると広場は帝国広場 (place Impériale) と改称されたが、復古王政期になると新王国広場 (nouveau place Royale) とさらに改称された。1828年には、広場の中央に白い柱頭と地球儀を戴いた慎ましやかな噴水が置かれた。

7月王政が倒れた1848年に都市はブルス広場と改称し、現在もこの名称が使われている。広場の中央のモニュメントは、1869年にヴィスコンティ設計の三女神の噴水に置き換えられた。なお、この三女神のモデルはフランス皇后ウジェニー、イギリス女王ヴィクトリア、スペイン女王イサベル2世である。
チモール ジョリティ ジルバ マンボ サーチガム ロズウ いととく ペクトル オフロ スマトラ ネック ショルダ バンジョ キャリア ハマユ タッグ ユーコン JAPAN いちにいさん 天徳 バキュ バンパイア コンヒ ナビミット ツツジ コート おおだま マングース ビーバー ホルダー しょく コチュカル パラペ フレー ビエンナ フリー ライス 王の行進 マイクラ レジス サンセ ドラマ オール ビショ きたひろ ナンプレ クロス マモモ モノク リュート

この広場は、18世紀フランスの古典主義建築の最も代表的な作品の一つである。広場の北にはブルス宮殿(現在はボルドーの商工会議所と郵便局が入っている)、南にはフェルム館(l'Hôtel des Fermes, 現在は関税関係の事務局と関税博物館が入っている)が建っている。フェルム館も建築家ガブリエルの作で、その彫刻は芸術の守護神ミネルウァと商業神メルクリウスを表している。

現在、数分置きに霧を散布する水盤が設置されている。

2009年02月25日

覚悟のススメ

『覚悟のススメ』(かくごのすすめ・著:山口貴由)は週刊少年チャンピオン誌上で1994~1996にかけて連載していた漫画作品。ラジオドラマ化、ドラマCD化、ゲーム化、アニメ化(OVA)、まんがビデオ(漫画のコマを映して声をアテたビデオ)化、プラモデル化、フィギュア化もされている。

核戦争と環境汚染によって荒廃した近未来の東京を舞台に、旧日本軍で編み出された最強の格闘技「零式防衛術」、そして人体実験の犠牲となった英霊の宿る意思を持つ鎧である強化外骨格「零」を武器に人々を守る為に戦う主人公「葉隠覚悟」と、人類を襲う怪物「戦術鬼」、そしてその背後で人類を滅亡させんと企む覚悟の兄「現人鬼・散」との戦いを描く。

本作の原形となったのは、『平成武装正義団』である。山口節とも言える独特のセリフ回しや、特徴的なキャラクターが読者に受け、ヒット作となった。

本編が最終回を迎えた後、週刊少年チャンピオン誌上で3編、チャンピオンRED誌上に1編、読み切り形式で特別編が掲載された。

近未来、地球は人類による環境汚染や核戦争、大災害によって死の大地と化し、生き残った人類を襲う「戦術鬼」と呼ばれるミュータントが闊歩する魔境と成り果てていた。

その中でわずかに生き残った子供たちが通う「逆十字学園」に、ある日転校生がやってきた。転校生の名は葉隠覚悟。覚悟は新入早々に超人的な力を見せつけ、掘江罪子を初めとするクラスメイトたちの注目を集める。

その日の放課後、帰宅途中の罪子たちが戦術鬼に襲われた。絶体絶命の窮地に追い込まれる罪子たち。だがその前に突如謎の鎧武者が現れ、戦術鬼を撃退して罪子達を救う。それは葉隠覚悟が強化外骨格「零」を装着した姿だった。

彼は旧日本軍によって生み出された最強の格闘技「零式防衛術」を体得し、旧日本軍によって開発された強化外骨格「零」を身につけて力無き人々を守るために戦い続ける正義の戦士だったのだ。

逆十字学園にて人々を襲う戦術鬼たちと戦い続ける覚悟は、戦術鬼を生み出し人類を滅亡させようと企む悪の元凶が、かつて人類に絶望し人であることをやめ、自らと袂を分かった実の兄「現人鬼・散」であることを知る。

人類を救うため、かつての兄との対決を決心する覚悟。

そして、激闘の火蓋が切って落とされた。

「覚悟のススメ 特別編 ‐ 絶頂天狗剣の巻」
(平成8年・週刊少年チャンピオン39号に掲載。作者短編集『銃声の子守唄』に収録)

本編の最終回から一年後のエピソード。

21世紀初頭の新東京。覚悟と零によって戦術鬼は一掃され、荒れ狂っていた大地は落ち着きを取り戻し、街も次第にかつての姿を取り戻しつつあった。

平穏な日々を過ごしていた覚悟であったが、あくる日の夜、自宅に悶十郎と名乗る武術家が押し入り、「兵法天下一」の武名を賭けての決闘を申し込まれる。無用な戦いを避けるべく、覚悟は戦わずして自らの負けを宣言した。

「葉隠覚悟に勝った!」と鼻高々引き上げた悶十郎ではあったが、この事実を世間はまだ知らない。別の日、彼は再建された逆十字学園に侵入し、体育の時間で野球中の覚悟達のもとへ乱入する。

自身が得た武名を誇示したいがために、クラスメイトにまで手をかける悶十郎。その道着の下には、異形の姿が隠れていた。悶十郎は、覚悟が倒した戦術鬼達の生き残りだったのだ。

クラスメイトを守るため、覚悟は零をまとって悶十郎と対決する。

「覚悟のススメ 特別編 ‐ 強化外骨格・雫の巻」
(平成8年・週刊少年チャンピオン44号に掲載。『銃声の子守唄』に収録)

2016年12月24日、覚悟は北海道網走にある実家へ帰郷していた。葉隠家地下防空壕に安置された強化外骨格・雹に宿る父、朧の霊に、ある報告をしに来たのである。

12月23日午後4時の新東京で、覚悟と罪子は広場に飾られたクリスマスツリーを見上げていた。覚悟は、そこで罪子からお守りとして、「強化外骨格・雫(しずく)」(罪子自作の小さなヌイグルミ)を贈られる。一度はその好意を退けようと、わざと不吉な告白をする覚悟であったが、罪子はそれを平然と受け入れた。罪子という存在に覚悟は感激する。

「父上! 私は恋に堕ちました」 彼は罪子に対する思いの丈を朧の霊にぶつけた。瞬間、厳しい顔をしていた朧であったが、やがて覚悟に優しい眼差しを向けると静かに消え去った。その表情は、罪子との交際を認めるという返答に他ならなかった。

それから覚悟は首に下げた「雫」を満足気に眺めながら床に就いた。零との会話の中、ふと罪子を喜ばせる「いいこと」を思いつき、跳ね起きる覚悟。と同時に、それまで覚悟の背中があった場所から、何者かの剣が飛び出した。

剣の主は、「零式密猟師(ぜろしきハンター)」と名乗る独特の装甲に身を包んだ男。その正体とは、73年前に葉隠四郎が行った人体実験の被害者であり、実験場から唯一脱出した「実験材料二〇八号」であった。葉隠一族に並々ならぬ怨みを抱き、一族を根絶やしにするべくこれまで生き延びてきたのだった。

真実を知った覚悟は、余命幾許もない「実験材料二〇八号」の本懐を遂げさせるべく、甘んじてその剣を受ける。 覚悟の腹部に当てられた「斬超鋼剣」は、零の装甲もろとも覚悟を貫いた。

15歳の覚悟」(初出時のタイトルは『覚悟のススメ外伝・校歌の巻』)
(平成9年・週刊少年チャンピオン25号に掲載。『銃声の子守唄』に収録)

本編以前、覚悟が散を探して全国を転々としていた頃のエピソード。

15歳の覚悟は、山口県のどか市の「私立有機学園」1年2組に在籍していた。一人だけ純白の詰め襟を着(他の男子生徒は黒い詰め襟)、今時シャーペンではなく鉛筆を愛用する覚悟は周囲から浮いた存在となり、からかいの対象となっていた。

そこへ、情報通の女生徒(さゆりっち)が息を切らせて教室へ入ってくる。

「数学の赤毛先生が殺された」

昨晩、市内では剣道の達人ばかりが4名、連続で斬殺されるという事件があり、剣道部顧問で五段の腕を持つ赤毛先生も被害者の一人だというのである。騒然とする教室内で、覚悟と零はこの事件に人外の者の気配を感じた。

かつて赤毛先生に剣道部に誘われ、密かに恩義を感じていた覚悟は、先生を失って落胆する剣道部の生徒達を率先して励ます。急に現れて皆を外に連れ出した覚悟に対し、初めはいぶかしげな生徒達だったが、覚悟の歌う校歌を聴きながら、次第に元気を取り戻した。

覚悟達が小高い丘に差し掛かると、覚悟の丹田から発せられる歌声に誘われ、真っ白な鎧姿の剣士が現れた。かつての名を白田玄兵衛、今の名を「武鬼(ぶき)」と名乗るその鎧武者は、現代に至って剣の術理が衰退したことを憂い、無念から蘇った侍であり、赤毛先生らを斬り殺した犯人であった。

赤毛先生の仇を取るため、そして玄兵衛の霊を沈めるために、覚悟は零を着装して、武鬼との武道試合に挑む。
約束の橋 チーム 赤ずきん リコニー エジンバラ さくもん コモドド モスリン べにえび エンジン オーリ センデ ジーピー シーアイ マンサク ジュエリー トニック チューナー マンデート シャン だいろ 一千一秒 大人の生活 スキーム エイハラ スラロー ロータリー ティズム シンボル オヤマ ファシリ センタ テラコッタ センシ ツール モチーフ ギョリュ モジュ 中仙道 ひわき ジャッカル ケミストリー ローズウッド トークン 一字千金 地上の星 キャップ リーフ マナスル オーソラ

「覚悟のススメ VOLTEX」
(平成16年・チャンピオンRED7月号に掲載。『新装版 覚悟のススメ』 第五巻に収録。)

※デジタル彩色によるフルカラー。雑誌巻頭に袋とじで掲載された。扉を含めて8ページの超短編。

内容に関しては謎が多く、作品の時系列や、「帝国再建の野望を抱く軍鬼」「覚醒式強化外骨格」「黒須京馬」等、新出事項が多いのにも関わらず詳細は明らかでない。

「15歳の覚悟」から7年ぶりに復活した「覚悟のススメ」であり、作者の絵柄は、本編連載時から大きく変化して『シグルイ』のそれになっている。

瓦礫ばかりの荒地、雷鳴が轟く雲の下、覚悟は「普及型強化外骨格」と思われる装甲をまとった、3人の「帝国再建の野望を抱く軍鬼」達に囲まれていた。 軍鬼らを相手に七日間の死闘を演じた覚悟。遂には零の装甲に亀裂が生じ、彼は化学兵器への耐性を失うという窮地に立たされていた。

軍鬼達がその右手を覚悟に向け、今まさに化学兵器「音無(おとなし)」を射出しようとした瞬間、赤い独特のフォルムを持った強化外骨格──「覚醒式強化外骨格・雷電」──に身を包んだ謎の男が現れた。飛びかかる“雷電”に軍鬼達は「拡張射程 掌火」で迎え撃つが、それを放つ間もなく、“雷電”の背中から引き抜かれた「列義閃獄剣」によって一刀両断にされる。

戦いが終わり、「君は?」と尋ねる覚悟に対し、“雷電”は「秘です」と答えた(しかしすぐ後のコマで『黒須京馬(くろす きょうま)』というテロップが入っている)。「ただこれだけは言っておきたい。僕はあなたを尊敬している」との言葉を覚悟に残して、彼はどこかへと去って行くのだった。

2009年02月09日

ペルシアとイラン

後世この地域、及び住民を指すことになる言葉、即ちペルシアとイランが歴史に登場した。

かつてエラム人の中心地のひとつであったアンシャン(現在のファールス地方)にはペルシア語でパルスア、パールス、或いはファールスと呼ばれるアーリア人の部族(ペルシア人)が定着した。このためアンシャンと呼ばれた地方は次第にその部族名で呼ばれるようになった。これは古典ギリシア語ではペルスィスと呼ばれ、ヨーロッパの諸言語で用いられるペルシアという言葉はこのペルスィスに由来するものである。この名は紀元前6世紀にこの地から興ったハカーマニシュ朝(アケメネス朝)以来、歴史的にイラン高原に発した諸帝国と住民を指す名前ともなった。
イルカ カッション イナリー ヒンズー ケミカル ヤブラン おりあお パララ アリーナ テリア キンバ マキャベ フードル ハイファイ マイル けんち バルジ ビリティ ビスケ ボール オセロッ ロス ストップ マリン ローエン ランタナ ギブアウ キドニー コーヒー ヒヤシ ファクタ ジュレハ ショベルカ ライフ リック ドレス シーエム ガヤツリ レーン ケション ナラタ プレイ デパオク グロテ ハジャイ トリック シロシ ドット リナッ フィア

イラン人自身はイラン高原に侵入するしばらく前に分かれた、インド亜大陸に侵入した同族と同様に、「高貴な人々」を意味する「アイルヤ」(アーリア)という自称を長く用いており、サーサーン朝期以降はイラン高原を中心とする地域は「アーリア人の土地」という意味のパルティア語「アールヤーン」に由来するパフラヴィー語の「エーラーン」あるいは「エーラーンシャフル」の名で呼ばれるようになった。「イーラーン」は、イスラーム時代になってあらわれる、パフラヴィー語の「エーラーン」の近世ペルシア語形である。紀元前3世紀のギリシアの地理学者エラトステネースも「イラン」の語で言及している。1935年3月21日、パフラヴィー朝のレザー・シャーは諸外国に対し「イラン」の使用を要請した。その後イラン人研究者による抗議などがあり1959年にはペルシアおよびイランは併用できるものとされた(詳細はイラン・ペルシア名辞論争を参照、またペルシアの地理についてはイランの地理を参照)。

諸王の王
紀元前6世紀にファールス地方から興り、当時の文明世界の大部を支配するハカーマニシュ朝(アケメネス朝、アカイメネス朝)が成立した。この王朝の王であるダーラヤワウ1世(ダレイオス1世)は諸王の王を名乗った。これはアッシリア王の称号の1つに由来し、ある特定の地域の王ではなく、広大な領域に住む幾多の異民族を支配する王、世界帝国の支配者であることを意識した称号であった。以後グレコ・マケドニア系のセレウコス朝、セレウコス朝をイランから放逐したパルティア人のアルシャク朝(アルサケス朝)、そしてファールス地方から興ったサーサーン朝に至るまで、諸王の王を名乗る王朝がイラン世界で興亡を繰り返した。

ハカーマニシュ朝とその時代
メディアに従っていたアンシャン(ファールス)の王クル2世(キュロス2世)は、反乱を起こしてメディア王イシュトゥメグ(アスティアゲス)を破ってイラン高原の支配権を握り、前559年頃にハカーマニシュ朝を成立させた。クル2世は更にリュディア、次いでバビロニアを征服した。次のカンブージャ2世(カンビュセス2世)の時代にはエジプトからインダス川流域に至る大帝国が形成された。

ハカーマニシュ朝では広大な領域を統治するために高度な官僚制が整えられ、領土内に20以上の軍管区(サトラペイア)を設定した。そしてそれぞれに総督(一般にギリシア語に由来するサトラップという名で知られている)が任じられたが、彼らを監視するために王の目、王の耳と呼ばれた監察官が活動した。また首都としてペルセポリスと呼ばれる都市が築かれたが、実質的な政治の中心はエラムの中心都市スサであった。また、王は一年の間にスサ、バビロン、エクバタナを移動したと伝えられる。ハカーマニシュ朝はしばしばペルシア帝国と呼ばれるが、単純に「ペルシア人の国家」というわけではない。ペルシア人は支配者として振舞ったが各地で征服された現地人の人口は圧倒的であり、またその中には長い歴史・伝統を持つ集団が数多く存在した。メディア人はしばしばペルシア人と併置して呼ばれ、帝国の中枢部にいて支配者の栄誉を共有していた。行政組織においては、豊かな経験を持つエラム人が多用されていた。行政文書や事務書類にエラム語が多用されていることがこれを端的に示す。バビロニアでは征服以前の官僚達が引き続いて現地の政治行政を担当していたし、リュディアやエジプトでもその統治は現地人の有力者に強く依存していた。このようにハカーマニシュ朝は長い伝統を持つ征服地の政治組織を温存し、その上に君臨した。またハカーマニシュ朝時代にはゾロアスター教の教義体系、組織もかなりの程度整えられたと考えられる。ザラスシュトラ(ゾロアスター)によって開かれたとされるこの宗教はこの時代以降、長い時間をかけてイラン世界の思想的な柱となっていった。

ハカーマニシュ朝は紀元前5世紀初頭のギリシアへの遠征(ペルシア戦争)においては一敗地にまみれ、対外的な拡大は一つの限界に達した。紀元前5世紀末頃には、相次ぐ分割相続と税負担増のために軍務を担ったペルシア人の封土所有者が没落し、帝国を支える軍の中心は傭兵へと移っていった。宮廷では慢性的な王位継承の争いが起きており、地方ではペルシア人の有力者やエジプト、リュディアなどの現地勢力による反乱が頻発した。歴代の王達はしかし、これらの反乱の鎮圧の脅威を抑えてその覇権を維持し続けた。この時代は王朝衰退の時代と言われているが、近年では再評価する動きもある。ハカーマニシュ朝の支配は最終的には外敵の侵入に対する敗北によって失われた。ダーラヤワウ3世(ダレイオス3世)の治世であった紀元前334年にマケドニア王国のアレクサンドロス大王がハカーマニシュ朝に対する遠征を開始した。ダーラヤワウ3世はこれを迎え撃ったが、イッソスの戦い、次いでガウガメラの戦いで大敗し、最後は部下の裏切りによって殺された(前330年)。こうしてハカーマニシュ朝は短期間のうちに瓦解し、アレクサンドロスがハカーマニシュ朝の領域と統治機構を継承した。

ヘレニズムとイラン世界
アレクサンドロスはハカーマニシュ朝を征服して間もない前323年にバビロンで没した。アレクサンドロスの将軍達はその後継者たるを主張して相互に争った(ディアドコイ戦争)。この争いの末、イラン世界の大部分はセレウコス1世によって建てられたセレウコス朝の支配する所となった。アレクサンドロス時代からセレウコス朝時代にかけて、各地にギリシア人・マケドニア人(以下一括してギリシア人と呼ぶ)による植民都市が多数建設された。特にセレウコス朝は各地にギリシア的なポリスや、将来のポリスへの昇格を前提としたカトイキア(軍事植民地)の建設を行った。こうしたセレウコス朝の都市建設政策によって作られたポリスやカトイキアを拠点にギリシア文化やギリシア的な社会制度の普及が進み、ギリシア語はイランでもアラム語と並ぶ共通語となった。こういった文化的・社会的な潮流はヘレニズムと呼ばれる。

だが、セレウコス朝の植民政策は圧倒的にシリア、次いでバビロニアを中心としており、イラン高原より東への植民は規模からすればかなり限られたものであった。東方のサトラペイアを支配したギリシア人のサトラップや植民者達はセレウコス朝の西方重視の姿勢に反発し、前250年前後にはバクトリアの支配者ディオドトス1世や、パルティアナとソグディアナの支配者アンドラゴラスが相次いで独立した。ディオドトス1世は王国(グレコ・バクトリア王国)を存続させることに成功したが、アンドラゴラスの領土は独立後間もなくアルシャク1世(アルサケス1世)に率いられたパルニ氏族を中心とする中央アジアの遊牧民部族連合によって征服された。彼らはペルシア人と同様のインド・イラン系の系統の集団で、パルティアナに定着し、一般にパルティア人という名で呼ばれる。このパルティア人の王国がアルシャク朝(アルサケス朝)である。アルシャク朝は100年余りの間領土奪回を図るセレウコス朝と争った。これはセレウコス朝の王アンティオコス7世(前139 - 前129年)の敗北によって大勢が決し、セレウコス朝はシリア以外の領土を完全喪失した。一方アルシャク朝は戦いの中でバビロニアとイラン高原及びその周辺地域を支配し諸王の王を称するようになった。

アルシャク朝のフラーテス4世后ムーサーの胸像。イラン国立博物館蔵アルシャク朝は遊牧民的な気質を強く残しており、王の宮廷は常に移動した。政治では7大氏族(7大貴族)と呼ばれる有力氏族が大きな影響力を持ち、その領地の経営には中央の統制はあまりかからなかった。アルシャク朝の領土、特にバビロニアを中心とした西部にはギリシア人やバビロニア人の多くの都市があった。彼ら都市の住民はアルシャク朝の支配を嫌悪した。ギリシア人は特にアルシャク朝の支配下にあってもそ政治・経済・文化の面で強力であった。コインの鋳造技術はギリシア人が握っていたし、軍事的にも大きな存在であった。アルシャク朝はこのギリシア人に特に配慮し、ミフルダート1世(ミトラダテス1世)のようにフィルヘレネ(ギリシアを愛する)という称号を用いたりした王もいた他、芸術や一部の社会制度については顕著にヘレニズム的な要素を取り入れられた。しかしギリシア人の主流は一貫して反アルシャク朝的であり続け、ギリシア人やバビロニア人など都市住民が力を持った西部と、遊牧民的な大氏族の勢力が強い東部との社会的な相違は深刻な政治対立を引き起こしていた。紀元前1世紀の接触以来アルシャク朝の主要な敵となったローマは、アルシャク朝に親ローマ的な王を擁立すべく介入を続けたが、この親ローマ王の支持基盤は常にギリシア人を中心とした西部の都市住民であった。

1世紀初頭にローマの支援の下でヴォノネス1世が王座を得ると、それ以前の親ローマ王と同じくギリシア人(及びバビロニア人)の都市がこれを支持したが、パルティア人の貴族達はヴォノネス1世に反対してアルダヴァーン2世(アルタバヌス2世)を擁立した。西暦12年頃まで続いた内戦でヴォノネス1世は敗れた。この戦いの結果、アルシャク朝におけるギリシア人都市の政治的意義は急速に低下した。36年から43年にかけてバビロニア最大のギリシア人都市セレウキアで大規模な反乱が発生したが、これはイラン世界においてギリシア人が主要な政治勢力として起こした最後の出来事となった。ギリシア人の勢力減退にあわせるようにイラン世界におけるヘレニズムは大きな影響を残しつつも終焉へと向かった。そしてイラニズムとも呼ばれる伝統回帰の動きが強くなっていった。

2009年01月23日

まんがタウン

月刊まんがタウン(げっかんまんがタウン)は、双葉社発行の4コマ誌(4コマ漫画専門雑誌)。創刊号は2000年12月号(2000年11月5日発売)で、漫画アクションファミリー増刊「クレヨンしんちゃん特集号」から改題されての創刊となった。現在は原則として毎月5日に発売されている(但し、地域によっては発売日が異なることがある)。B5判、中綴じである。

定価はまんがタウンオリジナル休刊による統廃合で, 2006年10月号より定価300円(たまに付録や内容によって特別定価320~330円になることもある)となる。なお,「まんがタウンオリジナル」 連載作品の一部は,双葉社他誌もしくはケータイサービスへ連載誌変更。
ストアッ ソードフ こりー テレホブ ヘンジ ガーべジ ミュータント アシッド ゲリコ チェスト キャリア オープン モンゴ ストリー ビッチ シェイク モック マジャ クリアス テネリ ロム ジュエル ルブリク リムジン エナメルレ ダルフ ファウ ライト デスク ロック カクテル セシウム リカステ キンレン モンキ 花の坊 ワイン ウィキ ミゼット サイコ ステージ 黒船 ゲルマ オメガ ハリウッド ソーラー ケイン セレナイト テーラー フロップ

明日屋のカルメちゃん(南ひろこ)※休載中
うちの大家族 (重野なおき)
OKAMI-おかみ-(胡桃ちの)
鎌倉ものがたり(西岸良平) ※ストーリー漫画
かりあげクン(植田まさし)
クレヨンしんちゃん(臼井儀人) ※ストーリー漫画
コトちゃんの空(大原なち)
子供失格(松山花子)※隔月連載
三色だんご(山田まりお)
シスコなふたり(後藤羽矢子)
節約家・カオルさん(くらた美香)
70's愛ライフ(吉田美紀子)
そんな2人のMyホーム(樹るう)
だめよめにっき(私屋カヲル)
だらだら毎日のおでかけ日和(とぽすけ)
ちっちゃいナース(荻野眞弓)
中華なOLめいみん。(高田ミレイ)
天下無双! 恋メガネ(富永ゆかり)
はいぱー少女 ウッキー!(むんこ) ※隔月連載
派遣戦士 山田のり子(たかの宗美)
光の大社員(ÖYSTER)
ふぅわり花便り おはなちゃん(たかはしみき)
不思議くんJAM(小池田マヤ)‐『ミルククラウンの王子様』の石狩不思議を主人公としたスピンオフ作品。
プッチプチひまわり(臼井儀人)‐『クレヨンしんちゃん』の野原ひまわりを主人公としたスピンオフ作品。
ほほかベーカリー(ボマーン)
松井雪子の今月のおとりよせ(松井雪子)※コラム
末裔学園☆おとぎ組(関根亮子)
みねちゃんぷるー(岩崎つばさ)
よせ☆あげ(笹野ちはる)
嫁の名はキリコ(佐藤ゆうこ)-『メイドのお仕事』のキリコを主人公としたスピンオフ作品。
龍天寺夫妻の生活(たかまつやよい)
RIRIKA☆ビューティフル(神奈川のりこ)

過去に連載されていた主な作品
岡Gの徒然絵日記(岡田がる)- 2008年11月号
オタケン(さかもとみゆき)- 2008年10月号
かぞくのあした(おおた綾乃)- 2008年10月号
かめびより(松田円)
飼われもの夫婦(田中なつ)- 2008年10月号
子連れ☆おおがみ(関根亮子)- 2008年9月号
すてきなムコさま(富永ゆかり)- 2008年4月号
セレブリティ麗子さん(神奈川のりこ)
チビでも大ちゃん(大原なち)
チワ(たかはしけんじ)
突撃!第二やまぶき寮(岩崎つばさ)- 2008年12月号
花やか梅ちゃん(師走冬子)- 2008年8月号
パラダイス・ホテル(小笠原朋子)- 2008年10月号 『さくらハイツ102 』の小川さやかを主人公としたスピンオフ作品。
はるうらら(たかまつやよい)- 2008年7月号
ぽこぽこコーヒー気分(笹野ちはる)- 2008年4月号
ぽよ・ぺた(美月李予)
まゆげ犬コータロー(はやし利枝)- 2008年8月号
無敵常人グータラ奥さん(森島明子)
メイドのお仕事(佐藤ゆうこ)

表紙のデザイン
『クレヨンしんちゃん』が中心に一番大きく描かれ、その他の漫画のキャラクターが小さく周りにいくつか配置されていることが多い。

2009年01月16日

第一の円 カイーナ Caina

第一の円 カイーナ Caina - 肉親に対する裏切者 (旧約聖書の『創世記』で弟アベルを殺したカインに由来する)
第二の円 アンテノーラ Antenora - 祖国に対する裏切者 (トロイア戦争でトロイアを裏切ったとされるアンテノールに由来する)
第三の円 トロメーア Ptolomea - 客人に対する裏切者 (旧約聖書外典『マカバイ記』に登場する裏切者トロメオに由来するか)
第四の円 ジュデッカ Judecca - 主人に対する裏切者 (イエス・キリストを裏切ったイスカリオテのユダに由来する)
地獄の中心ジュデッカのさらに中心、地球の重力がすべて向かうところには、神に叛逆した堕天使のなれの果てである魔王ルチフェロ(サタン)が氷の中に永遠に幽閉されている。魔王はかつて光輝はなはだしく最も美しい天使であったが、今は醜悪な三面の顔を持った姿となり、半身をコキュートスの氷の中に埋めていた。魔王は、イエス・キリストを裏切ったイスカリオテのユダ、カエサルを裏切ったブルートゥスとカッシウスの三人をそれぞれの口で噛み締めていた。

2人の詩人は、魔王の体を足台としてそのまま真っ直ぐに反対側の地表に向けて登り、岩穴を抜けて地球の裏側に達する。そこは煉獄山の麓であった。

煉獄は、地獄を抜けた先の地表に聳える台形の山で、ちょうどエルサレムの対蹠点にある。「浄火」あるいは「浄罪」とも言う。永遠に罰を受けつづける救いようのない地獄の住人と異なり、煉獄においては、悔悟に達した者、悔悛の余地のある死者がここで罪を贖う。

煉獄山の構造は、下から昇るごとに幾つかの段階に分かれている。亡者は煉獄山の各階梯で生前になした罪を浄めつつ上へ上へと登り、浄め終えるとやがては天国に到達するのである。

地獄を抜け出したダンテとウェルギリウスは、煉獄山の麓で小カトーと対面する。ペテロの門の前でダンテは天使の剣によって額に印である七つのPを刻まれた。Pは煉獄山の七冠で浄められるべき「七つの大罪」、 Peccati を象徴する印である。そして、ウェルギリウスに導かれて山を登り、生前の罪を贖っている死者と語り合う。ダンテは煉獄山を登るごとに浄められ、額からPの字が一つずつ消えていく。

山頂でダンテは永遠の淑女ベアトリーチェと出会う。ウェルギリウスはキリスト教以前に生れた異端者であるため天国の案内者にはなれない。そこでダンテはウェルギリウスと別れ、ベアトリーチェに導かれて天国へと昇天する。

煉獄山の構造
アビランド ケイソ グズア 月の宿 トラム 太鼓判 バロイ ガリウム ジョーカー スーパー プチブ ダムウェ フット チルドレン シーズン ポインセ キッチン メンチ ナラティブ 河童大王 アービト キャリア カララー ダブルシン ガッツ カフス ビジョン デバイ マスゲ シェード ナル 華麗 プロジェト スタート スタンド ハノー リアリ スヌーピ アオザイ フォトメ ビンバ シネコン スローガン ライン センナ ハイマツ アコード フォカマイ スコア ケブキ

煉獄前域 - 煉獄山の麓。小カトーがここに運ばれる死者を見張る。
第一の台地 破門者 - 教会から破門された者は、臨終において悔い改めても、煉獄山の最外部から贖罪の道に就く。
第二の台地 遅悔者 - 信仰を怠って生前の悔悟が遅く、臨終に際してようやく悔悟に達した者はここから登る。
ペテロの門 - 煉獄山の入口。それぞれに色の異なる三段の階段を上り、金と銀の鍵をもって扉を押し開く。
第一冠 高慢者 - 生前、高慢の性を持った者が重い石を背負い、腰を折り曲げる。ダンテ自身はここに来ることになるだろうと述べている。
第二冠 嫉妬者 - 嫉妬に身を焦がした者が、瞼を縫い止められ、盲人のごとくなる。
第三冠 憤怒者 - 憤怒を悔悟した者が、朦朦たる煙の中で祈りを発する。
第四冠 怠惰者 - 怠惰に日々を過ごした者が、ひたすらこの冠を走り回り、煉獄山を周回する。
第五冠 貪欲者 - 生前欲深かった者が、五体を地に伏して嘆き悲しみ、欲望を消滅させる。
第六冠 貪食者 - 暴食に明け暮れた者が、決して口に入らぬ果実を前に食欲を節制する。
第七冠 愛欲者 - 不純な色欲に耽った者が互いに走りきたり、抱擁を交わして罪を悔い改める。
山頂 地上楽園 - 常春の楽園。煉獄で最も天国に近い所で、かつて人間が黄金時代に住んでいた場所という。
地獄の大淵と煉獄山の存在する地球を中心として、同心円状に各遊星が取り巻くプトレマイオスの天動説宇宙観に基づき、ダンテは天国界の十天を構想した。地球の周りをめぐる太陽天や木星天などの諸遊星天(当時、太陽も遊星の一つとして考えられていた)の上には、十二宮の存する恒星天と、万物を動かす力の根源である原動天があり、さらにその上には神の坐す至高天が存在する。

ダンテはベアトリーチェに導かれて諸遊星天から恒星天、原動天と下から順に登っていく。ダンテは地獄から煉獄山の頂上までの道をウェルギリウスに案内され、天国では、至高天(エンピレオ)に至るまではベアトリーチェの案内を受けるが、エンピレオではクレルヴォーのベルナルドゥスが三人目の案内者となる。天国へ入ったダンテは各々の階梯で様々な聖人と出会い、高邁な神学の議論が展開され、聖人たちの神学試問を経て、天国を上へ上へと登りつめる。至高天においてダンテは天上の純白の薔薇を見、この世を動かすものが神の愛であることを知る。

天国界の構造

火焔天 - 地球と月の間にある火の本源。焔が上へ上へと向かうのは、この天へ帰らんとするためと考えられた。
第一天 月天 - 天国の最下層で、生前、神への請願を必ずしも満たしきれなかった者が置かれる。
第二天 水星天 - 徳功を積みはしたものの、現世的な野心や名声の執着を断ち切れなかった者が置かれる。
第三天 金星天 - まだ生命あった頃、激しい愛の情熱に駆られた者が置かれる。
第四天 太陽天 - 聖トマス・アクィナスら智恵深き魂が置かれる。
第五天 火星天 - キリスト教を護るために戦った戦士たちが置かれる。
第六天 木星天 - 地上にあって大いなる名声を得た正義ある統治者の魂が置かれる。
第七天 土星天 - 信仰ひとすじに生きた清廉な魂が置かれる。
第八天 恒星天 - 七つの遊星の天球を内包し、十二宮が置かれている天。聖ペトロら諸聖人が列する。
第九天 原動天 - 諸天の一切を動かす根源となる天。
第十天 至高天 - エンピレオ。諸天使、諸聖人が「天上の薔薇」に集い、ダンテは永遠なる存在を前にして刹那、見神の域に達する。